むかし話– category –
-
むかし話
娘の話5 ~不登校からの~
夫が亡くなった時に、一番頼りになったのは、娘でした。子供だと思っていた娘が大きく見えました。ポンコツになった私を支えてくれたんです。 ずっと、一緒にいてくれて、いっぱいあった手続きも一緒に見てくれて、アドバイスもくれて、本当に助かりました... -
むかし話
娘の話4 ~不登校からの~
娘が中学2年の秋に不登校になり、本当に大事なのは、学校に行かせることではない事を知った私。娘は、部屋の中に引きこもっていたけど、徐々に心を開いてくれてるようになりました。そしてフリースクールに通えるようになりました。 フリースクールは、ド... -
むかし話
娘の話3 ~不登校~
娘が中学2年の秋に不登校になり、学校に行かせることに一生懸命になっていて、本当に大切な娘の気持ちをわかってあげられなかった私。なんで、こんなに学校に行かせたかったんだろう??娘の将来の事を思って?それとも世間体?皆と同じようにさせたい?... -
むかし話
娘の話2 ~不登校~
娘が中学2年の秋に不登校になり、どうしたら学校に行ってくれるかをずっと考えてい私。ある日、娘が自分の部屋の中をぐちゃぐちゃにしたことがありました。本棚は倒れ、教科書や洋服など、部屋中に散乱。その後、雨が降っているのに裸足で外出て行ったと... -
むかし話
娘の話1 ~不登校~
過去の日記を見直しています。今回は、娘が不登校になった時期の事を書きます。*******************************************娘が中学2年の秋に不登校になりました。娘に、なんで学校に行かないのか、何が嫌なのか、責めるように聞いていました。なんとか... -
むかし話
夫を扶養していた時の話 7
2005年。夫が農業を目指すために会社を辞めて農業研修に入りました。夫と子ども達を私の扶養家族として申請できました。次は、児童手当の手続きです。夫は児童手当の消滅届を、私は新規で申請書が必要とのことでした。市役所に行って、子供達の児童手当の... -
むかし話
夫を扶養していた時の話 6
2005年。夫が農業を目指すために会社を辞めて農業研修に入りました。夫と子ども達を私の扶養家族として申請できました。そして児童手当の現況届を市役所に提出する時期がきました。夫を扶養すると、こちらも変更しなければいけないんですね。市役所からの... -
むかし話
夫を扶養していた時の話 5
2004年。夫が農業を目指すために会社を辞めて家計が苦しくなったことをきっかけに、家族を扶養に出来ないかを調べていました。そして、会社に申請したところ、無事に夫も子供たちも私の扶養に入れることができました。これで家計もだいぶ楽になる。良かっ... -
むかし話
夫を扶養していた時の話 4
2004年。夫が農業を目指すために会社を辞めて、家計が苦しくなってきました。50円でケンカしたこともありました。お金に余裕がないと、心まで貧しくなるんだろうか。。。当時の私は、パートで働いていたけど社会保険は自分で払っていました。家族を私の扶... -
むかし話
夫を扶養していた時の話 3
2004年。夫が農業を目指すために会社を辞めてから、数ヶ月がすぎました。そんな時、子供たちだけでも私の扶養に入ることは出来ないか?と考えるようになりました。 調べたけど、当時の私には難しすぎて わからないことだらけ。 でも。 夫も子ども達も、私...
12