令和6年能登半島地震

私が住んでいるのは金沢に近い場所です。
亡くなった旦那さんの実家が能登でした。
なので能登には親戚もたくさんいます。

1月1日16時10分【最大震度7】
石川県の志賀町(しかまち)で震度7を観測したほか、北海道から九州地方にかけて震度6強~1を観測しました。

お昼に親戚の集まりに参加して15時に子供たちと帰宅。
2階でテレビを見ながらまったり過ごしていたところ自宅で地震に遭いました。

1回目の地震があり、すぐにテレビをつけて震源地の確認などをしました。
「能登!!」震源地が近いことを確信したところ、2回目の地震がありました。
今までに体験したことのない揺れでした。
しかも、揺れていた時間が長かった。あまりにも長いので、息子は揺れている間に、出口の確保にため、部屋の戸を開けてくれました。娘は、2匹いる猫をネコ用キャリーバックとネコ用リユックに入れて外に飛び出さないようにしてくれました。

テレビでは「津波がきます。逃げて!!」と言っているし、防災無線も「特に沿岸沿いの方は避難してください」のアナウンスがかかります。

近所の人も外に出てきました。
建物の崩壊はなかったものの、津波の恐怖がありました。
とにかくかく、避難しなければと思い、今月100歳になる私のおばあちゃんを車に乗せて、さてどこに避難しようかと私の両親も交えて家族会議。主要道路は渋滞している様子が家から見ることができます。

余震も頻繁に起こります。
近所の人は今から近くの商業施設に避難すると言い残し、車で移動していきました。
私の妹は、金沢の海岸近くの場所にいたこともあり、大きいビルの10階まで歩いて避難していたそうです。

私たち家族が住んでいる場所は、津波・高潮ハザードマップでは大丈夫な位置にあることがわかったことと。
100歳のおばあちゃんと、飼い猫2匹を連れて避難所に連れていくのも不安ということで、私たち家族は、家で待機することにしました。
ただし、いつでも避難できるように、車は動かしやすい場所に駐車。車に毛布や食料など避難用具を乗せておく。
行動しやすいように1階で待機することにしました。
夜中に余震が何度もありましたが、電気も水道も普通に使用出来たので助かりました。

翌朝、友達などにLINEで安否情報を確認したところ、
避難所に行った人もいれば、車で高台に避難した人もいました。
庭の灯篭が倒れて車に当たり車のドアが凹んだ人もいましたが、誰もケガもなく皆無事でよかったです。

大きな余震が続きますが、津波注意報も解除されひとまず「ほっ」としています。


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